yo haku

27歳でフリーランスウェディングプランナーになった私が考えていること

君は君なのだ

仕事が自分で、自分=仕事だ。

だから、仕事上のミッションと、自分の人生のミッションは同じだ!と考えている人に会った。

仕事を自分ごととして取り組み続けるから、とても成果を上げていたし、

素晴らしい仕事ぶりをする方だった

 

しかし、人生の目的を、仕事と全く一緒にすることはできなくていいんじゃないかな。

だって、あなたは貴方だし、貴方が衣食住を満足にできる為に仕事をしているだけで、仕事はあくまでお金を稼ぐ方法だ。

もちろん、その仕事が楽しいにこしたことは無いし、やりたいことをやって稼いでいることが理想。

でも、今、仕事に不満が無くて、今後も、意欲的に働こうとしている人には、貴方の人生仕事だけじゃないよって伝えたい。

仕事してなくても、あなたは居るだけで素晴らしいし、次に別のことを始めてもそれはそれで応援するよ。

なんというか、今の世の中、ライフ=ワークで生き甲斐を持ってやっている人が増えてて、とても良いことなんだけど、

なんというか、ワークが見つからない自分はだめだ、みたいなのもちょっとおかしいし、

これだというワークが見つかった人が、ライフの全てそれに捧げる!みたいなのも、ちょっと大変じゃない?

ライフ=ワークなら、ライフステージが変れば、ワークも変わって良いよね。

あるときは好きなことだったからって、何十年も同じ仕事してなくていいのよ。

私は飽き症だからそんなこと誰に言われなくても、やってることや好きなことかわっちゃうんだけど、

真面目で、これ一本!って思ってる人に届けば良いな。

 

と思ったのでした。

 

 

なんでみんな誓いのキスするの?

挙式のことをかんがえている。

パーティではなく、挙式。

指輪の交換とか、誓いのキスとかする、あれです。

 

挙式には種類があって、宗教上のルールに則ったものか、そうでなく自由にやるものか。

いろいろとあるのです。

その内容について、相当真剣に考えている人っていないんじゃないかと思う

 

お葬式でよくあるのは、仏教の教えに則ってお経を読み上げたり、お焼香しますよね。

 

結婚式で今、一般的なのは、『キリスト教式』。

キリスト教の教えに則って賛美歌歌ったり、誓いの言葉を唱えてはい、はい誓いました。ってやりますよね。

 

キリスト教式を選択するのなら、本当は教会に通って、結婚とは、夫婦とは、キリストの教えとは、という教えを受けた上で誓って欲しいなと思います。

賛美歌を歌うことや指輪の交換、ベールアップ、それぞれなんなのか知っててやってる人っていないと思うんです。(私も、自信ない。勉強しなきゃな)

仏教のお葬式でも、正直お坊さんが何言ってるかほとんどわかりません。

きっと、魂さんいいところに行ってね、成仏してね。って言ってるんだと思います。

私も身内が亡くなり、法事を重ねるにつれて毎回ご住職の仰る内容が深くて深くて。教えをいただいてます。

 

それと同じ。

 

結婚式は順番が逆で、結婚式の前にそういった教えをいただいて、挙式を迎えてもらいたい。

挙式って儀式的でつまらないかもしれない。

でも、結婚って遊びじゃないし、人生変わるわけですから、本気で覚悟をして欲しい。

自分も、相手も、家族もみんな巻き込んで人生を変えるわけですから。

 

ちなみに、お葬式について。

これは私個人の解釈ですが、身内や大切な人を亡くしたりするとすごい辛くてなにも考えられなくなります。

なので、意味わかんないけどとりあえずお焼香しながら頭を下げたり、ウニャウニャ言ってるお坊さんのお経を聞いてると、自分の気持ちとか故人との思い出に浸って悲しい感情に浸れる。

気づいたら涙が溢れて、枯れる。すると気持ちも楽になり、心が少しだけ楽になる。

それが、お葬式をあげる意味合いの8割くらい占めてると思う。

感情に浸る時間。

 

結婚式はどうかというと、

儀式的な流れに則ってみんなに見守られながら、

『あなたたち、浮気しないね?!支え合うよね?!どんなときも!!』って言われ、『Yes』としか言えないシュチュエーションで『Yes』という。

よし、この子を大切にするぞって、みんなの前で言ったから、あなたを大切にするわって、覚悟を決めるてるのよね。

その時間はすごく大事だと思います。

でも、それが何年も大切にしたい時間になるかというと、なかなかそうはいかない。

何が大事かというと、式を作る人間(牧師先生とかウェディングプランナーとか司式者とか)の人間性や考えの深さが関わるんだと思います。

(私やばい。)

だから、宗教の教えから、結婚って何かという教えを唱えられる人が式を行うって実はとても理にかなってるのだと思います。

 

対して今は挙式も自由に!という流れがすごく強い。

もちろん、自由にやることはいいと思う。

でも自由にってだけがとりだたされるのは本質的じゃないと思う。

 

2人が何を誓うのか、夫婦とは何か、結婚とは、家族とは、2人と結婚式を作る作り手で考えを重ねて作るものだと思う。

それって、めちゃくちゃ大変なことですよ。

だって結婚したことないんだもの。

 

2人やウェディングプランナーが考えたコンセプトもいいでしょうし、

2人らしいとかも大事。

でも、

本当にあなたの人生をかけて、相手の人生を巻き込んで結婚するのなら、きちんと相手と向き合い、結婚する覚悟があるのかって膝付き合わせて議論して、その結論を宣言する挙式をしてほしい。

 

それに、今はなぜか、パーティの内容ばっかり考えて、いかに楽しくするか、いかに可愛く(かっこよくとか美しく)とかに注目が行きがち。

もちろん、お祝いだから、せっかくだから、

なんにせよ、いい方がいいし、素敵な空間は人をわくわくさせる。

ゲストも喜んでもらえる。それにはお金を払う価値がある。

だけども、

結婚式はショーじゃない。

特に挙式は、人生の節目を祝う儀式だと思う。

この儀式を通過したから覚悟できたと言える時間にする必要がある。

そうじゃないならやらなくて良い。

 

披露宴は互いを披露する時間なので、

本当の意味で2人らしく自由にやればいいと思うけど、

挙式であなたは、なにを誓ったの?

どんな感情になった?なってるの?

何に、どんな誓いを立てたの?

それが大事だと思う。

 

パーティの方がウェディングの仕事をする上ではお金になる。

たくさんの人が飲み食いして、引き出物を購入して、お色直しやケーキと登場するのでね。

 

でも、『結婚式』として、本当に大事なのは挙式だと思う。

 

そして、もし人前式というオリジナルで作れる挙式をするというのなら、0から本気で考えて欲しい。

言われたままに誓いの言葉を読み上げて、指輪を交換して、キスしてんじゃないの?

それ、キリスト教式と同じですよ。

 

だれでもいいから、誓いを立てるに相応しい人間や場所、時間や空間を2人でとことん話し合って、

その条件で挙式をするのはどうでしょう。

 

そんなこと。

 

そんなことを妄想してる。

 

誓いのキスは見世物じゃないのよ。

 

くうき を読めよ

私はよく人から 空気が読めない と言われる

 でも最近は空気が読めるって別にいいことじゃないと思ってる。

好きな時に好きなことしちゃって、結構相手のこととか人がどう思ってるとか、皆がどうするかとか無視(正確に言えばそれを思って逆のことをする)ことがある。

だって、同じことしてもつまらないし、意外性もないし、予定調和はつまらない。

空気を読んでやらなきゃ行けない場面はあるけれど、それに全ての判断を委ねていては自分の意思が無くなる。

私が大事にしたいのは 自分の意思 だと思っている。

私がどうしたいか、何をしたいか、どんな風に生きていたいか。

・・・これはいつかまた書こう。

 

そんな空気の読めない私ですが、空気を読みたいと思うときもある。
それは、結婚式のパーティの時間だ。

空気を読んで、ゲストが退屈してないか、料理に飽きてないか、新郎新婦にだけ注目が言って、気まずい空気になってないか。 

そういうのを感じてパーティを作るのは司会者だし、キャプテン(披露宴会場でスーツ来て新郎新婦先導したりする人)なのです。

もちろん私のようなプランナーがキャプテン業務を担うこともあるけど、ホテルや大きな会場ではそうはいかない。
キャプテンと司会者の機転によって、その場その場で空気が変る。
ゲストの層や求めているもの、雰囲気、新郎新婦の人柄、そういったものをうまく嗅ぎ取って進めて行くのがプロだろう。


先日あったことを書きたい。

とてもにぎやかに楽しいパーティだった。

お色直しが終わり、デザートブッフェもほとんど取り尽くされて、もう終盤。

さてさておひらきですかね、という時。
その日はパーティ中にチーム制でワインのテイスティングゲーム(値段当てクイズ)をおこなっていたから、最後にその答えの発表と景品のプレゼントを予定していた。

正解したチームの発表は新郎のご両親から、

景品の授与は新婦の両親に行ってもらう段取りだった。
私とキャプテンと司会者さんで、いい感じだからそろそろお開きの流れにいきましょうと話していた。

景品を両親から渡してもらうから、渡し終わったら、そのまま新婦から両親への手紙(この日は子育て卒業証書)を読んで渡す流れにしましょうとなっていた。

司会者さんから答えの発表があり、両家の両親には前にでて来てもらい景品のプレゼントを渡したところまでは予定通りだった。

しかし、なぜかその後、キャプテンが両親を席に座らせてしまったのである。

そして、司会者さんはご両親から聞いたほっこりエピソードを披露し出してしまった。そんな指示はしていないから、インカム(トランシーバーのような連絡ツール)で、すぐに両親を立たせて開いてください!と指示したが、

時既に遅し。

キャプテンからは、『だめだよ!両親も(司会者さんの)スピーチ聞いてるから立たせられない!』とのこと。

ゲストはなぜか司会者の声に耳を傾け、デザートも何も載っていないテーブルの上を眺めながらお話を聞く時間。
いやいや、2人が望んでいたのはこんな時間じゃない。
皆で和気あいあいとしながら最後まで楽しむパーティだった。
歩き回っていて不自然じゃないパーティだった。

最後のおひらきの数分。

へんな間があいてしまった。

くやしーーーーーーーーー!!!!

ただただ悔しかった。
連携がとれていなかったことが。

でも、どう考えてもあのタイミングで両親を座らせてはならなかった。
そのままお開きにするべきだった。
何日経ってもあのゲストが、『今、席立って平気?』みたいな空気が忘れられない。

なんであんな空気になってしまったのだろう。

新郎新婦も、きっとゲストだってそこまで変には思ってないはずだ。

でも、私は許せない。

あんな空気にしてしまったことが悔しい。

 

以上、反省文でした。

the essence

The essence

【余白】を改めて名前をこちらにします。

 

直訳そのまま、【本質】という意味です。

私、滑舌悪いので言いにくいのですが、頑張って流暢に発音したい

 

ジ エッセンス とよんで下さい。

 

私は、小さい時から

何をするにも、これはどうしてこうなっているんだろう?とか、

なんで、これをしなきゃいけないんだろう?とか、

私は何を求めているんだっけ?とか、

どうしてどうして、それって意味あるの?というのをいつも考えてしまいがちでした

 

おしゃれだから〜とか、流行ってるから〜とかっていうのはあんまり好きではなくて、
自分にとってこういう理由でいいと思うからやりたい。

というのが強くて、仕事は特にそれを曲げずにいたいなと。

 

ウェディングのこと、よく考えるんですが、

とってもいい一日になるし、

すっごくいい思い出になるし、

最高に幸せな時間だって、

よく思います。

 

だからこの仕事が好き。

でも、もっともっと根本的に大事な意味や、こうだからこれが必要!と言い切れるきちんとした意味や効果が私は欲しいと思ってしまう。

 

私は、結婚式は、

『結婚する』と誓うことと、

結婚する相手を紹介し、新しい人間関係を作ること

これがメインだと思います

 

初めましてとあった家族や友人同士が、いかにつながれるか。

結婚式の日には、2人にとって、とても大切な人達が目の前にいるから、

是非その人達に自分大切なパートナーと繋がってほしい

そしてこれからの2人の夫婦生活を応援してもらい、困った時には助け合えるような関係になってほしい

そうするための時間がパーティで、

夫婦や家族単位で、結婚してから起こるであろう様々な困難を乗り越えられるように

きちんと教えを頂くか、2人自身で考えてその内容を宣言し、形に残すのが挙式

だと思う。

 

本質的には何が必要なのか

正装する必要が本当にあるのか

食事をする必要があるのか

どこでやるのが一番ベストなのか

 

本質的には結婚式ってなんなんだ?

 

この答えを一緒に考えてくれる2人と結婚式を作りたい。

起きていないことに思い悩んでも仕方ない

このタイトル

先日あるミーティングで出た一言なんですが、本当に的を得ていて、

それ以来何かを考える時に口癖にしている

 

フリーランスウェディングプランナーというのは、

日々違うお客様と、違う業者(カメラマンや司会者や会場)の人と連絡を取り合い、

あーだこーだいいながらウェディング本番迄物事を進めるのですが、

(その苦労話はここではおいておいて)

その業者さん達との話で出た会話の一部を紹介させて下さい

 

私と同じくあるフリーランスの方が、

『この先の支払いを考えると大きな一歩が踏み出せない』

そう言っていました。

 

気持ちはよーーーくわかります。

社会的な保証がほとんどないフリーランス

ましてや支払い先がいくつかあるとなると、滞らせるわけにはいかない。

だから、今これを大きく一歩やってしまっていいのか、迷うんだと。

 

迷った結果、チャンスを逃すこともある。

逆にその一歩が事業を拡大させるきっかけになるかもしれない。

でも、確信がなくて踏み出せない、と。

 

そこに同席していたある女性(海外で単身ビジネスを立ち上げたが結婚して今は主婦。打合せ時はビジネスのサポートという立場で同席されていました)が、

悩めるフリーランスの方に向けて放った内容を是非読んでほしいです。

 

『何を心配しているんですか。

 そんなのまだ起きもしていない未来です。

 支払いができなくなったらそのときはその時。

 中小企業なんてよくあることです。

 お金がなくなったら借りればいい。貸し合えば良い。

 今は未来のことを思い悩んでやめるのではなく、

 今のベストを選んで行ったらいいんです。

 

 日本人はよくあることだけど、

 今、ある仕事がノっていて、本当はこのままやり続けていたい。

 でも、1時間後に次のアポがある。出かけなくちゃいけない。

 約束の時間に間に合うように、準備をしなくちゃ!と、

 ノっていた仕事をやめてしまう。

 

 そんなの当たり前と思うかもしれないけど、

 もし、そのノっていた仕事を続けたいと思うならば、

 続けて良い成果を残した方がいいんです。

 もしかしたら約束していたクライアントとの仕事はなくなってしまうかもしれない。

 けれど、その仕事がなくなって空いた時間で、別の大きな仕事が入ってくるかもしれない。

 人生そんなものです。先のことはわからない。』

 

きっと、反論はたーーーくさん用意できるでしょう。

・その一つのアポだけじゃなく回り全ての信頼を失うんじゃないか?

・結局大きな仕事が入ってこなかったらどうする?

・お金が借りれなかったらどうする?

・そもそも間に合う様に仕事しろよ

・他の仕事も同じく遅れるんじゃないかと疑われるんじゃないか?

 その通りかもしれないし、

でも、そうじゃないかもしれない。

うまくいくかもしれない。

 

起こっていないことに思い悩んでも仕方ないんです。

だから、今やりたいこと、今つづけたいことを続けるほうがいいのです。

 

怠けるとかそういうことではなく、一生懸命目の前のことをやり続けるというのが正解なんだと思います。

その一生懸命やる内容は、今、誰かに求められているものとは違うかもしれない。

それでもいいんです。自分がしたいなら、それを基準に何をやるか決めれば良い。

それはきっと違う何かにつながっていて、まだ見ぬ未来にきっと良い影響を及ぼしてくれているはず。

やりたくないことを優先して、目先の利益だけを追求しても、きっと想定できる範囲の未来しかやってこないのだと思う。

 

 

私は、私のやりたいことをやる。

人に迷惑をたくさんかけてしまっているけれど、ごめんなさいではなくて、

ありがとうとたくさん口に出して、一生懸命毎日を生きる。

 

起きていないことに思い悩んでも仕方ないから

It's beginig!

yo haku

 

名前が決まりました。

 

1人で、フリーランスウェディングプランナーとして生きて行こうと決めたとき、どんな名前でやろうかと、といくら考えても出てこなかった。

だから、しばらくの間は自分の名前『吉田ゆきの』として自由に働いて生きて来ました。

 

今年2月、3組のカップルをプロデュースしました。

それぞれ全く違う場所(一組は宮崎!)、人数も、空間コーディネートのイメージも、全く違う3組でした。

 

 

ただ共通点は、みんな愛にあふれた人達だということ。

それぞれの生き方の延長線上にウェディングがあって、それぞれがそれぞれの方法でゲストにその愛を届けていたんじゃないかな。
私ができるのはその届け方のお手伝いと、きっとこうしたらもっとよくなるよという背中を少し押してあげること。

私がゲストと新郎新婦の間を一番良い形で繋げられていたら嬉しい。

 

この3組の夫婦とゲストのみなさんのおかげで、私は少し前に進めた。

何がこの仕事でしたいのか、もう一度教えてもらえることができた。

 

 

それぞれがそれぞれの生き方で、それぞれの表現方法で大切な何かを守るお手伝いをしたい。

守ってくれる人を私以外にも増やしたい。

 

私は正直飽き性で、ずっと同じ所にいれないし、ずっと同じことをできない。

その代わりに神様がくれた瞬発力を活かして、新郎新婦がありのままで輝いている瞬間を見逃さずに掴み、それをゲスト皆に知ってもらいたい。
結婚式が終わったその後はきっとそのゲスト達がその輝きを磨いてくれるはず。

新郎新婦自身が磨きをかけるはず。

私はそのきっかけ作りをしたいのだと想う。

 

 

人は、必ず誰かに愛される為に生きて来たと信じている。

1組の夫婦が誰かに愛される様に、より一層愛される様に、ゲストや周りの人に気持ちを尽くし、愛を込めたウェディングをずっと続けていきたい。

 

 

その為には、まずは私が人に渡せる程の愛で身体と心を満たしておこう

愛で満たす為には、そのための空白・余白が絶対に必要だと思う

 

少し物足りないくらいでいいのだ

余白を愛せる人でいよう

誰に何を言われようと幸せになれる服

先日、一枚のセーターを購入した。

黒地に金の毛糸で雲の柄を描いたセーターだったのだけど、可愛らしいモクモくした雲ではなくて、風神雷神が乗っていそうなぐるぐるとした迫力のある雲の柄。

私は一目見て気に入った。

その色や柄のインパクトに気圧されそうになりながら、迷いに迷って、セーターにしてはかなり奮発して、お店の周りをぐるぐるしながら覚悟を決めて、その一枚を手に入れた。

 

 

そういえば、

ここ何年もそういった買い物をしてこなかった。

洋服のことを考えるよりも、自分がどういう仕事をしたいかとか、どういう風に生きたいかを悩んでいたし、正直今も悩んでいる。

だから、あんまり洋服に気を回すことをしなくて、適当に目についたものを買っていた。

あとは、母親と買い物をすることが多かったから、母親がいいと思うものを買っていた。

 

でもそのほとんどの洋服を捨てたし、あー好きだ!と思えるものしか、長く着ていない。

どこかで見たことのある、流行っていたものを買うと、結局飽きてしまう。

安いものを買うと、一年と持たずに雑に扱う様になってしまう。

せっかくいい気持ちになりたくて新しい洋服を買ったのに、捨てるときはあっさりで、寂しい気持ちになったんだった。

自分に似合うものや、好きだ!という自己主張が強く持てなくなってて、それが嫌だと思っていた。

流行りを追うのは嫌だけれど、自分らしさって何かって言われると、それを表現するには少し足踏みしてしまう。

その足踏みを一歩出させてくれたのが、あのセーターだった。

実用的かというと、そうでもない。

リーズナブルでは決して無い。

でも、一目見て好きだと思った。

ひょっとすると大阪のおばちゃんとも捉えられかねない柄と色。

でもきっとずっと好きでいられると思った。

 

自分の周りに置いておくものは、そういうもので固めよう。

どうしてもそう言うものは値が張るから、全てを叶えることは難しいけれど、

優先順位をつけて、少しずつでもいいから妥協の爪痕を消して自分自身をリニューアルしていきたい。